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Keiichi HayashiK1884 Research Technology Space Industry Space Access Supply

PhysicsX

F1由来の物理AIで工学シミュレーションを数秒に短縮する英国企業

PhysicsX logo

公式サイト: physicsx.ai

設立
2019年
英国ロンドン(法人登記は2020年末)
従業員
300人超
2026年6月時点
累計調達
約4.9億ドル
2026年6月時点(推定)

基本情報

PhysicsXは英国ロンドン本社のエンジニアリングAI企業。数値物理シミュレーションとF1レースの技術文化をルーツに持ち、「Large Physics Model(LPM)」と呼ぶ物理特化の深層学習モデルで、従来数時間から数日かかる高忠実度シミュレーション(CFD/FEA)を秒単位のAI推論に置き換える。創業は2019年(法人登記は2020年末)、2023年11月にステルスを脱した(TechCrunch、2023年11月27日)。

創業者はRobin Tuluie(会長。元Renault F1のR&D責任者、元Bentley車両技術ディレクター)とJacomo Corbo(CEO。McKinseyのAI部門QuantumBlack共同創業者・チーフサイエンティスト、F1レースストラテジスト出身)。従業員は2026年6月時点で300人超と、直近12か月で倍増した(公式発表、2026年6月8日)。拠点はロンドンとニューヨーク。

Seraphim Ecosystem Map 2026ではSpace Access(Supply/Software)に分類されるが、実態は宇宙専業ではなく、航空宇宙・防衛、半導体、自動車、素材、エネルギー、データセンターに横展開するクロスインダストリー企業である。宇宙は同社が最初に浸透した航空宇宙・防衛セグメントの一部という位置付けだ。

顧客課題と製品

顧客は航空宇宙・防衛、半導体装置、自動車などの高度エンジニアリング組織。課題は明確で、ハードウェア開発では設計案を1回評価するたびにCFD/FEAシミュレーションに数時間から数日かかり、締切までに探索できる設計案が数十件に限られ、性能向上の余地を残したまま設計を確定せざるを得ないことにある。

主力製品は次の3層構成のソフトウェア(SaaS)である。

  • PhysicsXプラットフォーム: シミュレーション、物理AI、データ、エンジニアリングアプリを単一基盤に統合するAIネイティブの工学ソフトウェアスタック。既存の工学ツールに接続して使う。
  • Large Physics Models(LPM): 数値シミュレーション結果を学習した物理サロゲートモデル。顧客固有の課題(例: ジェットエンジン油圧マニホールドの流路設計)向けにDeliveryチームがカスタム構築する。
  • LGM-Aero / Ai.rplane: 2,500万以上のジオメトリ(メッシュ要素は数百億規模)と、Siemens Simcenter(STAR-CCM+/Nastran)で生成した数万件のCFD/FEAシミュレーションで事前学習した航空宇宙向け大規模ジオメトリモデル(PhysicsX公式、2024年12月)。1秒未満で形状生成と空力・構造性能の推定を行う。ショーケース版のAi.rplaneは無償公開されている(PR Newswire、2024年12月)。

導入効果は「設計1案あたり数時間〜数日が数秒に」という桁違いの高速化で、同じ開発期間で数千の設計案を探索できるようになる。乗り換えをためらう要因は、AI予測の精度検証(認証が必要な航空宇宙では特に重い)、既存CAE資産・ワークフローとの統合コスト、学習用シミュレーションデータの整備負担である。

ビジネスモデル

収益はエンタープライズ向けソフトウェアのサブスクリプション/ライセンスと、カスタムLPM構築を担うデリバリー(受託開発に近い専門サービス)の組み合わせと見られる(推測。公式には「enterprise software platform」と表現)。料金は非公開。支払うのは大手製造業のエンジニアリング部門である。

一度ワークフローに組み込まれれば、モデルが顧客のシミュレーションデータで継続的に改善されるため、解約が難しく継続収益になりやすい。適用部品・部門を広げるアップセル余地も大きい。ソフトウェア主体で製造設備や在庫は不要だが、GPU計算コストと高度人材(物理×MLエンジニア)への人件費が主要コストである。初期はデリバリー比率が高く粗利を圧迫しやすいが、事前学習モデル(LGM-Aero等)の再利用が進めばスケールに伴い利益率が改善する構造(推測)。2026年6月時点で認識売上が前年比2倍、受注(ブッキング)は3倍と、受注先行型の成長を示している(公式発表、2026年6月8日)。

市場と競争力

対象市場はCAE(計算機支援エンジニアリング)とその隣接領域で、既存CAE市場は100億ドル超の規模とされる。AIサロゲート/物理AIはその置き換えと拡張を狙う新カテゴリで、生成AIブームとGPU性能向上を背景に2023年以降急速に立ち上がっている。

競合はスタートアップではNeural Concept(スイス)、Luminary Cloud(米)、Flexcompute(米)、BeyondMath(英)など。既存大手ではAnsys、Siemens、Dassault Systèmes、Cadenceが自社AI機能を強化している。PhysicsXの差別化は、(1)F1・航空宇宙由来のドメイン知識を持つ物理×MLの混成チーム、(2)Siemensと共同生成した大規模高忠実度データによる事前学習モデル(LGM-Aeroは2,500万ジオメトリ規模で業界最大級)、(3)SiemensとNVIDIAが投資家兼パートナーという構図にある。SiemensのCAEツール群との協業、NVIDIAのNemoClaw基盤での「自律AIエンジニア」構築企業への選出(2026年6月報道)は、単独スタートアップには得がたい流通チャネルとなる。

参入障壁はデータ蓄積(顧客のシミュレーション・実測データでモデルが改善するフライホイール)と、認証産業での検証実績。顧客の切り替えコストは、ワークフロー組み込み後は高い。宇宙市場との関係では、ロケット・衛星開発が「試作と試験の高コスト」に支配される産業であり、シミュレーション高速化の価値が最も大きい領域の一つであることが必然性の根拠となる。ただし宇宙固有の公開顧客事例は確認できず、ジェットエンジン部品や航空機空力など航空・防衛寄りの事例が中心である。

実績と成長性

売上・利益の絶対額は非公開。公開されている成長指標は次の通り。Series A(2023年11月)以降の2年間で売上4倍超・従業員150人超(2025年6月時点)、2026年6月時点で認識売上が前年比2倍、受注3倍、顧客数2倍超、従業員300人超。顧客名は大半が非公開だが、Siemens(データセンター電力インフラ協業)、GB1(英アメリカズカップ挑戦チーム。空力・エンジニアリング設計パートナー、PhysicsX公式発表)が公表されており、英欧のエリート航空宇宙・防衛エンジニアリング組織に初期採用されたと報じられている。製品が宇宙空間で直接使われた実績は確認できず(設計・製造段階の地上ソフトウェアであるため、性質上「宇宙実績」の概念にはなじまない)。商用化段階は明確に「スケール期」にある。

資本政策と投資評価

  • Series A: 3,200万ドル(2023年11月、General Catalystリード)
  • Series B: 1億3,500万ドル(2025年6月、Atomicoリード。Temasek、Siemens、Applied Materials、July Fund参加)。2025年11月にNVIDIAのNVenturesが追加出資し、Series B合計1億5,500万ドル超、評価額は10億ドル近傍に
  • Series C: 3億ドル(2026年6月、Temasekリード。M&G Investments、Intrepid Growth Partners新規参加)。評価額約24億ドル

累計調達額は約4億8,700万ドル超(2026年6月時点、各公式発表の合算による推定)。1年で評価額が約2.4倍になっており、売上倍増を上回るマルチプル拡大が起きている。売上非公開のため売上マルチプルは算定できないが、AIインフラ/産業AI銘柄としてプレミアム評価を受けているのは確実である。戦略投資家(Siemens、NVIDIA、Applied Materials)の名を連ねる構図は、将来の大手CAEベンダーやNVIDIAエコシステムへのM&Aシナリオも示唆する。3億ドルの大型調達直後であり、次回調達の切迫性は低い。資金使途はグローバル展開、プラットフォーム強化、LPMのフロンティア研究。

総合評価

一言で言えば「エンジニアリング版の基盤モデル企業」である。顧客が選ぶ最大の理由は、数日かかる設計評価が数秒になり、探索できる設計空間が桁違いに広がること。最強の競争優位は、Siemensとの共同データ生成と顧客ワークフローへの深い組み込みが生むデータフライホイールである。

最大のリスクは、Ansys/Siemens/Cadenceといった既存CAE大手が同等のAI機能を自社製品に内蔵し、独立レイヤーとしてのPhysicsXの立ち位置を侵食すること。加えて、認証産業でのAI予測の信頼性確立には時間がかかる。今後3〜5年の成長ドライバーは、防衛・宇宙予算の拡大、半導体・データセンター投資ブーム、NVIDIAエコシステムでの「自律AIエンジニア」展開である。競合比較では、資金力・データ規模・戦略パートナーの3点でNeural ConceptやLuminary Cloudより優位に立つ。投資対象としては評価額24億ドルと既に高いが、カテゴリリーダーとしての魅力は大きい。判断できない点は、売上絶対額、ソフトウェアとサービスの収益比率、宇宙分野の具体的な顧客・契約の有無である。純粋な宇宙投資テーマとして見る場合は、宇宙エクスポージャーが限定的である点に注意が必要だ。

重要事項サマリー

項目内容情報源・時点
本社英国ロンドン(NY拠点あり)公式サイト、2026年
設立2019年(登記2020年末)TechCrunch、2023年11月
創業者Robin Tuluie、Jacomo Corbo公式・Atomico、2023〜25年
従業員300人超(12か月で倍増)公式発表、2026年6月
事業物理AI(LPM)による工学シミュレーション高速化SaaS公式サイト、2026年
主要製品PhysicsXプラットフォーム、LGM-Aero、Ai.rplane公式、2024〜26年
主要パートナーSiemens、NVIDIA、AWS各社発表、2024〜26年
成長指標認識売上2倍、受注3倍、顧客数2倍超(前年比)公式発表、2026年6月
累計調達約4.87億ドル超(A:32M、B:155M超、C:300M)各公式発表、2026年6月時点
評価額約24億ドルSeries C発表、2026年6月
主要投資家Temasek、Atomico、General Catalyst、NVIDIA、Siemens、Applied Materials、M&G公式発表、2026年6月
競合Neural Concept、Luminary Cloud、Flexcompute、既存CAE大手CB Insights等、2026年
宇宙専業か非専業(航空宇宙・防衛は主要セグメントの一つ)公式サイト、2026年

情報源